NOT A HOTELのビジネスモデル
最初にNOT A HOTELとか金持ちの贅沢で、自分には関係ないと思っているひとも多いと思うが、そうではないということを最初に言いたい。
それは衰退していく日本経済の中で、NOT A HOTELが日本が外貨を獲得する新しい可能性を占めていると思うからだ。
ネットでもメディアでも日本が20年前とくらべて、全然、所得が増えてなくて、その責任を自民党政治のせいだと結論づけるひとが多い。
しかし、冷静に考えて欲しいが、この20年間の間に日本の誇る家電産業は、中国・韓国勢にボロ負けして世界市場から追い出され、半導体も壊滅。日本の輸出産業はトヨタの一本足打法みたいになっていて、気がついたら、金額的にはゴミ扱いされていたコンテンツ産業も日本の重要な輸出産業扱いされる事態になっている。
日本経済が世界で負けているんだから、日本が貧乏になるのは当たり前で、その責任を問うとしたら、第一義には、この20年間の産業界の経営者たちにあるだろう。もちろん国にも政治にも責任あるかもしれないが、日本は国が特定の企業を選抜して応援することを癒着だとして、メディアも世論も厳しく批判するので、できない状況がある。しかし、国際競争を考えると勝てる企業を応援するのが正しくて、産業全体を応援だと駄目な企業も含めて保護する施策にしかならない。
なんで日本経済が世界で負けたことについて企業を責めるのは分かるけど、国に責任をもってくのは違和感がある。メディアと世論が望んだ結果通りに国が特定の企業を応援しなった結果だ。
まあ、とはいっても、特定の企業を国は癒着して応援すべきだったと、ぼくが思っているわけではないことは言っておく。というのは、応援すべき勝てそうな企業を見抜いて応援する目利き能力を日本の国が持っているとも思えないからだ。きっと世界で勝てそうな企業じゃなくて、癒着がうまい企業が国のお金を持っていくだけだろう。
ちょっと脱線が長くなったが、衰退する日本が期待できる外貨獲得手段は観光だ。歴史ある大国としてため込んだ文化資本を切り売りして生きていくしかない。もちろん日本の既存の産業も世界で勝ってほしいが、結構、厳しい戦いが予想される。わりと勝算があるのは、観光だ。なにしろ売るのは日本そのものだから、GAFAも中国も韓国も直接のライバルにはならない。
ぼくがNOT A HOTELに注目するのは、観光産業のなかでも、新しい日本初のビジネスモデルをつくっていると考えているからだ。
NOT A HOTELのビジネスモデルはユニークで面白い工夫がたくさんあるのだが、まず、そもそもNOT A HOTELはどういうビジネスなのかを、さらっと説明しよう。
NOT A HOTELとは雑にいうと、みんなが欲しがるようなすごい高そうな別荘をつくって、30日間*12人で共有所有するという仕組みだ。ぼくの読みだと純粋な建設費だけで考えると、原価率は40%前後だと思っていて、たとえば個人で建設すると4億円ぐらいの別荘だったら、10億円ぐらいの価格設定になって、12人で割って8000万円ぐらいで販売しているというイメージだ。
こう書くとすごく割高に見えるかもしれないが、ぼくは非常に良心的な価格だと思っていて、自分で別荘をつくるんだったら出来ないようなデザイン的な作り込みや、内装、スマホで操作可能なデジタル化、隣家が見えないことがある程度、保証された外構、ブランディングなどの付加価値まで考えると、まったくリーズナブルだ。たぶんNOT A HOTELのトータルの原価率も70%は越えると思う。まだ、投資フェイズだろうから、今、現在はもっと高いかもしれない。つうか、都心のタワマンの価格のほうがよっぽどえげつないし、たいした付加価値つける努力をしていない。
さらにNOT A HOTELの別荘の所有者同士は、お互いの別荘を相互利用できる仕組みがあるので、結果的に自分で全部建設したら100億円以上かかるような別荘を、自分が所有しているような気分になれるというのがNOT A HOTELの仕組みだ。
こう書くと、すでにある会員制リゾートクラブと同じじゃないかと思う人もいるだろうが、NOT A HOTELは別荘のクオリティが違う。どんな高級リゾートホテルでも得られない、これまでだったら自分で金かけて建設するしかないような宿泊環境を実現している。というか、別荘つくるひとでも、こんなに掛けかけては中々つくらないような別荘を部分的にではあるが所有できるというのが違いだ。
そんないいものであったら、なぜ、これまでなかったかというと、ふつうにやるとビジネスとしてのリスクが高すぎるからだ。投資が大きすぎて、リゾートクラブ側で持つのは危険だし、販売するとしても売れなかったらどうするのかということで、これまではできなかったのだろう。
NOT A HOTELはこのビジネスリスクの問題をテクノロジーで解決している。どういうことかというと、NOT A HOTELの新しく発表されるプロジェクト、こんな格好いい別荘、すぐ欲しいと思う映像は、全部CGだ。まだ、つくっていない。だが、映像を見ると、すでに完成しているようにしか見えない。
マンションとかは完成したものを売るが、NOT A HOTELは建設前に売る。超高額なクラウドファンディングみたいなものだ。
このビジネスモデルを実現するためには現実に完成していると思えるクオリティのCG映像が必要で、たぶん外注すると高くつきそうだから、CGエンジニアのチームはぼくだったら内製化するなと思って訊いてみたら、やっぱり途中で内製化したようだ。NOT A HOTELはZOZOやってた人たちがつくった事業だから、ITにはもともと強いようだが、特に重要なコア技術はCGだと思う。
あと立地の選び方も合理的だ。軽井沢や鎌倉などの人気別荘地は、なにしろ人気なのでどっちの方向にも隣地にも別荘が建っていて、田舎の別荘というよりは、田舎の新興住宅街の家を買った気分になってしまう。
別荘らしい自然の絶景を求めようとすると、ちょっと外れた場所を探す必要がある。そういうところはインフラが整備されていないので開発が大変だ。
NOT A HOTELは過去に開発が失敗したリゾート地とかインフラが整っていて、かつ、まわりに他の別荘が見えないすばらしい景色の場所を建設場所に選んでいて、用地取得費用を抑えられるという一石二鳥を実現している。
あと、NOT A HOTELの事業は、別荘の利用権販売のデベロッパー部分と、相互利用とかをやるホテル部分のふたつがあるが、実はどちらも別会社にしているというのがポイントだ。
NOT A HOTEL自体はブランドをもつ企画会社みたいな位置づけになっていて、直接の事業リスクのあるデベロッパー部分とホテル部分と切り離されている。確実にNOT A HOTELは儲かる構造をつくりやすい仕組みだ。
ただし、現在はどちらもNOT A HOTELの関連会社がおこなっているので、事業部門ごとの収支の責任をはっきりさせるという意味でしかないかもしれないが、将来的なビジネスモデルの柔軟な変更を可能にしているという意味でも、頭のいいひとが設計しているというのを感じさせる。
契約書も頭良い感じでちゃんと経営陣がちゃんと中身を考えてつくっている感がある。ようするにえげつなく、守るべき所を守っている。大企業にありがちな、そんなの守ってもしょうがねーだろという弁護士主導のなにもかもリスクゼロを目指したがんじがらめの契約書ではなく、ちゃんと守るべき所を守っている契約書だ。
なんか、話が長くなってきた。NOT A HOTELのビジネスモデルは細かいところにも注目すべき面白い点がいろいろあるのだが、最後に簡単にビジネスモデルの弱点と課題だけ指摘して終わりたい。
ホテル事業の収支だけを考えた場合、オーナーは全く利用せずに、一休かなんかで一般客に宿泊を売りまくるというのが利益最大化の最適解となる。つまりオーナーは施設の建設費だけだしてくれて、利用させないというのがNOT A HOTELのホテル事業だけ考えると一番儲かる。でも、そんなことになったら、そもそもだれもオーナーにならないので、NOT A HOTEL 全体で考えると最悪の結果だ。この短期の利益の誘惑とどうやって折り合いをつけて、オーナーとなる意味をつくることできるかというのが、NOT A HOTELにとっての最重要な戦略的テーマになる。
オーナーの満足度も保ちつつ=サステイナブルにホテル事業の収益をあげる方法は、相互利用を増やすことだ。それも所有している別荘と違うランクの利用を促進するのが重要だ。ランクは上でも下でもどっちでもいい。
ランクが上の別荘を相互利用する場合には、差額を払う必要がある。フルの宿泊料金はとれないが、ブランドを毀損せずにあげることのできる売上として、貴重なはずだ。いま、ランクが下の別荘を相互利用するときに、差額はもらえない仕組みになっているので損をしている感がつよい。差額現金を払うのはつらいだろうから、なにかローコストのメリット、食事が無料になるとかを用意するべきだ。
NFTはNOT A HOTELの潜在的顧客を拡大し、ブランドを毀損せずにホテル稼働率を上げる方法として有望な戦略だと思うが、いずれにせよ、オーナーになるとなにが違うかの差別化はますます重要だ。
ぼくがやることを検討してもいいんじゃないかと思うのは、私物の預かりサービスだ。ホテルと別荘の違いは、私物を置いておけるかどうかだ。オーナー用のロッカーを用意するとかではなく、料金はとっていいので、ロッカーからの出し入れも含めて、NOT A HOTELにやってほしい。自分の本や衣服が本棚やクローゼットに用意されている。勝手にしまってくれる。なんなら相互利用先にも移動してくれる。それがホテルではなく自分の仮想であり理想の別荘の姿なんじゃないか。食べ物についても冷蔵庫に勝手に野菜や卵や肉が用意してくれるサービスも欲しい。余ったら廃棄か、それがいやなら、持って帰れば良い。
クルマも預かってくれるとなおうれしい。テスラも面白いけど、田舎で乗りたいクルマは、また、違うし、できれば自分で置いておくクルマのほうがいい。
たぶん、なんか預けた物品の紛失や損傷の賠償リスクとかが死ぬほどめんどくさいとかがボトルネックになるので、それについては文句を言わないという条件で契約することが必要だろう。
ふつうにサービス開始しても利用者は当初は少ないかもしれないが、NOT A HOTELには、そういう別荘を共有して所有するということはどういうことなのかの新しいライフスタイルの提案を、会社の使命としてやってもらいたいと思う。
というわけでNOT A HOTELには期待している。ぜひ、日本の辺鄙な土地に素晴らしい別荘をたくさん建設して、外国人に高付加価値をつけて売りまくってもらいたい。外国人に売りつけるためにも、日本人が喜んで買うものでもなければならないと思うので、ぼくも協力するつもりだ。
現在、NOT A HOTEL FUKUOKAの一室の30日間利用権を所有しており、KARUIZAWAのMASUとTOKYOも、昨年、追加で契約して完成を待っているところだ。
というわけで、ぼくはNOT A HOTELに成功してもらわないと困る利害関係者でもあるということを最後にお伝えしておく。
SNSで規制すべきは組織的な書き込み
もう20数年前になる。2ちゃんねるの創設者である西村博之さんと出会った頃、彼から教えてもらったことがある。その頃、ネットの炎上事件といえば、2ちゃんねるが起点となることがほとんどだった。彼は2ちゃんねるの管理人だから、2ちゃんねるへのアクセスログを解析することができる。
彼によると、ほとんどの炎上事件は極めて少人数のユーザーが起こしているとのことだ。1人の場合も多いし、多くても5人以内のチームによって炎上事件は発生しているとのことだ。
これは多くのSNSがユーザーの関心度や盛り上がりを数値化してランキング化し、ランキングが上位の書き込みを優先的に表示するアルゴリズムを採用していることが理由だ。
つまり、たった1人であっても、1人何役もの書き込みをして、盛り上がっているようにみえるスレッドをつくると、2ちゃんねるの掲示板上で上位に表示され、また、自作自演であっても、なにかみんなが怒っているようなスレッドをみると、釣られて一緒に怒り出す、そういう習性をもつネットユーザーがたくさんいるからだ。
2ちゃんねるのような古いSNSと違って、最近のSNSは同一ユーザーのなりすましは難しくなっているし、表示の優先度を決めるアルゴリズムも複雑になっているため、ひとりだけで炎上を演出するのはさすがに難しくなっているが、ごく少数のチームが頑張って工作活動をすれば、ネット上の架空の盛り上がりや炎上事件を演出することは以前可能だ。
むしろ、個人であれ、だれでも工作活動ができた2ちゃんねる時代と違って、ある程度の組織力があるチームにとっては、より自分たちだけが工作活動がしやすくなっているのが、現在のSNSだといえる。
実際に、いまのSNSにおいて組織的な工作活動はどれくらいされているのだろうか?
これについてはニコニコ動画、ニコニコ生放送を運営していた立場からいうと、政治分野においては、かなり昔から確実に存在していたということがいえる。
与野党含めて、あちこちで怪しい書き込みがあったわけだが、特に組織的な活動があったのは、自民党の政治家を持ち上げ民主党の政治家の発言は徹底的に叩くことをやっていた謎の集団だ。
彼らは政治系の生放送番組で注目が集まるようなものがあると、番組開始と同時に待機していて、終了時までずっといる。ただし、突発的な放送には弱く、当日に番組が告知されるような時には現れない。十分な事前告知が必要だ。
そして、自民党の政治家がなにをいっても持ち上げ、民主党の政治家がなにをいっても、否定するコメントを書く。ニコ生は視聴者のコメントが画面に表示されるため、なにも知らないユーザーが見ていると、自民党の政治家は世論に支持されていて、民主党の政治家はまったく信用されていないように見える。
こういった狂信的な自民党のネットサポーターがいつから出現したかについても明確に分かっていて、それは第2次安倍政権の誕生直前に、野党時代の自民党で安倍晋三総裁が選出された時からだ。そして第2次安倍政権時代はもちろん、そのあともずっと彼らはニコ生で活動を続けていた。
しかし、石破政権の現在は、彼らはニコ生には存在していない。いつから、いなくなったのかというと、岸田政権の時だ。
この謎の集団は、だれがなんの意図で動かしているかは、結局、ぼくらも分からなかった。
ただ、明らかに自民党自身がやっているのではない。ニコ生は自民党のネット広報を担当している部署とも、かなり日常的に仕事をしていたが、こういう露骨なネット工作を彼らがやっているとは思えず、また、相当なネットリテラシーが必要であり情報が漏れたら大スキャンダルになるため、自民党自身が関与するにはリスクが高すぎるプロジェクトだ。
民間企業へ委託するのも、それだとスタッフから、いつか必ず、情報が漏れるだろうから、それも考えにくい。
おそらくは自民党に恩を売りたい団体で、ある程度の人数の工作員が動員でき、工作員は秘密を守らないと自分の身の危険を感じるようなカルト的な組織が行っているはずだ。
そして、彼らは、いまは自民党を応援していないのだとすれば、だれを応援しているのだろう。
関連は分からないが、それまで知名度が全然無かったのに、突然、ネットで大人気みたいな政治家が発生するような場合には、なんらかの工作活動の存在を疑うべきではないだろうか。
さて、現在、SNSの規制が話題にあがっているが、特定の誹謗中傷は禁止するという表現規制のほうに流れていくことを、ぼくは懸念している。
たとえ誹謗中傷であろうとしても一般市民が世の中について文句をいう権利は個人の思想・表現の自由として最大限に許されるべきだと、ぼくは思う。
現在、問題になっている誹謗中傷は個人の表現の問題ではなく、集団である対象を集中攻撃するというイジメのような手法の問題だと、僕は考える。
しかも、それを組織的におこなう集団があるというのが、非常に問題だ。
組織的に他者を攻撃する団体というのは非常に強い存在だ。理由をいくつかあげると。
・ 上記のように組織的な書き込みはネットの炎上を簡単につくりだすことができて、たとえ根拠のないデマであっても、だれかをパブリックエネミーにしたてあげることが可能。
・ 組織的に書き込むことによって、ひとりひとりの書き込みは名誉毀損にまではならない程度に抑制しながら、全体として対象を精神的に追いつめるような書き込みをすることが可能。
・ 攻撃する対象を守るような書き込みをするユーザーがいた場合に、そのようなひとも集団で攻撃することによって、相手の味方がネットにいなくなるような状況をつくることが可能。
・ 味方となる弁護士を用意しておき、攻撃をする対象やその味方が怒って反撃してきた場合に逆に名誉毀損で訴えることが可能。
以上のような状況を考えると、下手にネットで誹謗中傷の表現規制を導入した場合には、組織的に誹謗中傷する集団がルールを逆手にとって逆に有利になることすら想像できる。
組織的な書き込みを規制するためには、組織的な書き込みをできるだけリアルタイムに検知する仕組みが必要でそれはネットのプラットフォーマーの協力が必要だ。法律的な根拠をどうするのかは課題だが、そういう情報を必要なときに司法なり、第3者機関がチェックできる体制をつくらなければ根本的な解決は不可能だということをここで書いておく。
以上
立花さんとの対談について
今週の火曜日の立花さんとの対談は完敗でした。多少は期待してみていただいた視聴者の皆さんには本当に申し訳ないです。
完敗・・・負けたとはどういう意味か?
公開の対談において、相手をやり込めるという意味での勝ち負けなんてありません。
どっちが勝ったか負けたかではなく、自分の考えを視聴者にちゃんと伝えることができるか、そういう勝負で僕は負けました。立花さんは自分の考えを伝えられたが、僕はできなかった。
もっかいやれば、なんとかならないか、あのあと色々考えてみましたが、僕には無理ですね。やっぱり僕は文章を書く方が向いています。
立花さんも対談の感想を動画であげているようですので、ぼくは文章で対談の感想を書こうと思います。
わたしの対談でいいたかったことは事前にもツイートしたようにシンプルで、ガーシー議員のおこなった脅迫行為には、立花さんにも責任がある。という一点です。
立花さんは党首であるだけでなく、実際に脅迫行為に積極的に加担していました。脅迫した相手への攻撃は立花さん自身もおこなっていましたし、三木谷氏については暴露するターゲットにすることを指示したことについても対談中に認めています。
だいたい、立花さんすらも川上さんの件ではガーシーは言い訳できないと認める被害者であるぼくですら、立花さんに攻撃されてます。最後、土下座されてましたが、やるなら昨年の8月にやってほしかったです。
立花さんは暴露のなにが悪いんだと問題をすりかえていましたが、暴露が悪いのではなく、暴露するぞという予告によって脅迫していることが悪いのです。
暴露するなら予告せずにさっさと暴露すればいいのです。週刊誌だってそうしています。週刊誌は暴露の記事は書いても、暴露の予告の記事なんか書きません。まして予告だけを毎週連載なんてことはしません。さっさと暴露すればいいのです。暴露の予告だけを延々とやるのは、ただの脅迫です。
対談でのわたしのもうひとつの主張は、立花さんがすぐに文句があるなら裁判しろというのは、卑怯でしょうというものです。
立花氏は揉めたら裁判で決めるのが一番分かりやすいと何度も主張していて、対談で意見が平行線となったポイントです。
でも、ふつうは裁判なんて、そんなに簡単にしません。
たとえば、ファミレスに入ったら店員にいきなり水をかけられたとします。そこで店長に文句をいったら、文句があるなら民事裁判してくださいと言われたようなもんです。ふつうは話し合いでしょ。とか、まず、謝るべきでしょう。
もし、謝らないで裁判だというのなら、あなたがそれを主張する正義はいったいなんなのか?という質問に立花さんは、結局、はぐらかして答えませんでした。唯一でてきた答えはNHKから国民を守るのが正義というだけです。それと脅迫行為の被害者に謝らないで、裁判しろと開き直ることと、なんの関係があるのでしょう。
さて、とはいうものの私にも大きく反省するところがありました。
多くの視聴者は既得権益者と戦う立花さんという構図に喝采を送っているようです。
立花さんに、あなたは弱者の気持ちがわからない、と決めつけられたことは、自分が既得権益者に視聴者から見えているという事実をつきつけられました。
立花さんに「弱者のためになにをやっているかを具体的に言って見ろ」と挑発されても、ぼくはなにも答えませんでした。
でも、それは答えることができなかったのではなく、それを口に出すことがぼくには重すぎたからです。
立花さんは政治家で、ぼくは経営者です。政治家なら弱者を大切にしろと簡単にいえますが、経営者のぼくにとっては軽々しくいえる言葉ではありません。
なぜなら経営者とは、会社と倒産させずに従業員と家族を食わせることが一番の仕事であって、人間を仕事の能力で待遇に差をつける、ときにはリストラもするというのが仕事だからです。従業員全員を分け隔てなく寄り添うなんて綺麗事をいくらやっても、そのために会社を潰したなら意味が無い。そんな経営者は極悪人です。ぼくは最初に就職した会社が倒産する過程を最後まで立ち会いました。最大500人ぐらいいた従業員の中で社長についていって残った最後のひとりの社員です。そのときに会社を潰すことが経営者の最大の犯罪だと、本当にそう思いました。
経営者が弱者に寄り添うなんてそんな簡単なことではありません。
ぼくがドワンゴを創業したのは、当時、始まったばかりのネットゲームに嵌まった優秀な高校生、でも社会的には落伍者のレッテルが貼られるだろう人が働ける場所をつくろうと思ったからです。
ドワンゴが東証一部に上場したときに部長の半分以上が高卒か中卒、どちらかといえば中卒のほうが多かったことは、ぼくのささやかな誇りです。まあ、続きませんでしたが。
営利企業の経営者である以上、弱者を直接救済することを目的にすることはできないと思っています。ただ、弱者は多くの場合、公平なチャンスすら与えられない。普通の人よりも難易度の高い人生ゲームをさせられています。そういったひとにチャンスを与えるということが、ぼくが経営者として事業を立ち上げるときに、ひそかに目指してきたテーマです。動画サイトも教育事業も。
立花さんは困った人に冷蔵庫を送ったとか聞きました。それは善いことではありますが、一時の助けでありません。そのひとの人生のなにがしかを引き受けたわけではありません。ぼくはこれまでの人生の中で、多くの他人の人生の一部を引き受けてきました。少なくとも立花さんよりも全然多い人数の人生を背負ってきたつもりです。あなたに「弱者のためになにをやったか」なんて問い詰められて答える筋合いはありません。そんなことをおおっぴらに宣伝するつもりはありません。ぼくが人生において黙って行動で示してきたことです。
ただ、そうだとしても、立花さんに指摘された、ぼく自身が既得権益者側の人間にいまなっているというのは、きっとそうなのでしょう。
似つかわしくもない贅沢な暮らしをさせてもらっているぼくが、本当にいまも弱者の気持ちが分かっているのか?
それについては自問したいと思います。立花さんに機会を与えていただいたことには感謝します。
入院生活七変化 その2 安静の大獄
ベッドの上で寝返りすらもできずにじっとしている入院生活というのは、なかなか辛い。景色もほとんど変わらないわけで、病室の窓から見える景色というのが世界の全てみたいな感じになる。
窓の外が明るいか暗いかで大きな違いだから、太陽の出る時刻とかに敏感になる。あー、真夏でも、日の出はどんどん遅くなっていて、昼間の時間は減り始めているんだなあ、とか思ったりする。
そうか、だから、最後の一葉、みたいな小説が生まれたんだなと今更ながらに実感した。
よし、これは最後の一葉ごっこをするしかないと思って、窓の外になんか手頃な木がないかを探してみたが、窓の外はとても見晴らしがよく、季節は盛夏だ。
遠くに見える樹木には鬱蒼と葉っぱが茂っており、とても最後の一葉ごっこができる雰囲気ではない。

さて、生まれて初めて全身麻酔で手術をしたわけだが、手術そのものは気を失っている間に終わるので問題ない。入院当日の1回目の手術は17分で終わった簡単なもので、体への負担もそれほどない。
全身麻酔による気絶から意識を取り戻して、最初に運ばれるのはリカバリールームだったが、正直、全く疲労感もなくて、やっぱり全身麻酔にしてよかったという感謝の気持ちでいっぱいだった。
ただ、下半身の感覚はない。特に手術した右足は全く感覚がなくてどうなっているか分からないし、知りたくもない。上半身と、左足は一応は動くが、体全体が、非常に重い。頭もぼーっとしていて、よく働かない。痛いとかそういうのはなかったが、じっとしながら何も出来ず、ただ、時間が過ぎていくのを待つというのがとても辛かった。
あー、これは携帯持ってきたけど、誰かとメールとかニュース見るとかそんなことできる感じじゃ全然ないわ。と思った。2回目の手術の時にはAirPodsも持ってきて、ずっと音楽聴いて気を紛らわそう、と固く心に誓った。
辛いのはトイレだ。看護婦さんに手伝ってもらわないとおしっこもできない。一晩ぐらい我慢するかと思ったが、点滴されているせいでおしっこは必ず出るものらしい。
おしっこをするときは電動のリクライニングベッドを動かしてもらって上体を30度ぐらい起こしてから尿瓶にすることになる。あまりに屈辱なので、尿瓶は自分の手で持つことにした。さて、尿瓶におしっこを出すのが意外に難しい。人間は大人になるまでにトイレ以外でそんなはしたないことをしないように心理的に強固なバリアを構築している。
目を瞑って頭の中でトイレにいる想像をしながらがんばっても、夢の中でトイレに行ってもなかなか現実には出ないのと同じように想像の世界で終わってしまう。
しっかりと尿瓶を見つめて、これはおしっこをしてもいい場所だと自己暗示をかけて頑張る必要がある。朝まで30分おきにそんなことを繰り返した。
とにかくよかったのは大きい方がリカバリールームでは出なかったことだ。そんなのを看護婦さんに手伝ってもらうのはちょっと耐え難いし、忍び難い。手術前日はX時以降は食べてはダメと言われているが、その前だったら、たくさん食べても大丈夫だろ、なんてことをしなくてよかったと思った。
そんなこんなでリカバリールームで12時間以上、時々、背中が痛くなるので姿勢を変えるだけで時間を潰した。3時間ごとに体の中で動く部分が増えていく。
じっとしていれば人間の体ってこんな風に回復してくんだなと思った。
病室に移っても、ただ、じっとして患部を冷やしまくって時間が経つのを待つということは変わらない。1日ごとにできることが少しずつ増えていく。
足が腫れないようにするためには心臓よりも高い位置に上げないといけないということだが、最近は別に足をつったりはしないらしく。滑り台みたいなのに足を載せておけばいい。

また、足を上げながら食事もしないといけないから、ベッドに上にテーブルを被せるようにしてリクライニングで上半身を起こして背もたれすることになる。当初はこの姿勢を10分間するのもキツかった。

さて、今回の骨折治療とは、医師の説明を聞いておもったのだが、早く治って退院すればいいというゲームじゃなくて、最終的にどこまでリハビリで元の状態に近づけるというゲームだ。
入院期間とか、早く家に帰りたいとか、大事な仕事をやりたいとか、そういうのは、全部、無視して、いかにリハビリで元の状態に近づけるかを基準に判断しようと、僕は考えた。
いくつか、僕なりの方針を出したのだが、一つは自分の体からのメッセージに従おうということだ。
例えば食事。はっきり言って病院食は美味いわけではない。病気じゃないんだから、何か、美味い弁当を差し入れようという申し出はあったのだが全部断った。なんか、美味いものを食べたいと気がしなかったからだ。病院食は量も少なくて、お腹もぐぅぐぅなったが、それでも残したりした。なぜなら食欲がなかったからだ。空腹感はあっても食欲がないということは、消化じゃなくてダメージ受けた体の回復にエネルギーを使いたいという体からのメッセージだと解釈したからだ。ただ、栄養素は不足したらまずいだろうから、残すのはご飯を中心にすることにして、おかずはできるだけ全部食べるようにした。
それと食欲はないけどチョコは欲しくなったので、チョコの差し入れはしてもらった。これも消化の負担なくカロリーを補充したいという体からのメッセージだと解釈した。
右足動かすときにちょっとでも怖いと反射的に思うような動きはやめる。
また、仕事も無理してやることはしないと決めた。実際、最初の入院して2週間ぐらいは30分パソコンを触ると熱が出るし、疲れて2時間ぐらいは昼寝しないと回復しないみたいな状況だった。そういう時は無理してやらない。多分、足の回復が遅くなると思った。
とにかく安静にして、体がやってもいいということだけやった。
今回、入院して、本でも読んだり、前からやりたかった意識とAIのブログでも書こうかと思っていたんだが、そんな生産的なことはできる余裕もなく、ネットもやらず、ただただ、安静に時が過ぎるの待つ。そんな感じで過ごすことになった。
さて、2週間もほぼ使いものにならなかったのは、もちろん、入院して1週間後に本番の手術をやったからだ。これが本当にきつかった。つまり入院1週間後も入院2週間後も手術から1週間後という意味では変わらなかったからだ。
というところで、今回はおしまい。
入院生活七変化 その1
昨日は何年かぶりにTwitterを再開して新鮮だった。いや、でもTwitterはやっぱりダメだ。無限に時間が吸い取られて、キリがない。
さて、骨折してから、そろそろ1ヶ月になる。手術するのも病院に入院するのも人生初めての経験だ。
僕にとっては、いろいろと興味深い新しい発見があったので、書いてみたい。
まず、なぜ骨折したのかというと庭で滑って転んだからだ。
転んだくらいでなぜ手術が必要なほどの骨折をしたのかと言うと、生後3ヶ月の娘を腕に抱いていたからだ。何がなんでも子供だけはそっと地面に下ろしてから転ぶと、めちゃくちゃ変な角度に足首が捻られて、2回ブチっという激痛が走った。骨折とか人生でしたことないのに、これは折れたなとなんとなく分かった。
いや、思ったけど、これは愛じゃないと思った。そんなこと考える余裕もなかった。勝手に体が動いていた。たんに親とは子供の生命の安全のためには自分の安全など無視するようにつくられている。そういう生き物なんだと思った。
まあ、ここまではいい話なんだけど、結局は転んだわけで足首も折れていたので、僕は体を支えることができず、娘の体の上にほぼ全体重を乗せて落下した。生後3ヶ月の娘の体は柔らかくとてもいいクッションになってくれた。娘は数秒の沈黙の後、当然のごとく大号泣した。
僕は娘をともかく家に連れて帰って安全なところに寝かせようと立ち上がった。激痛はとりあえず無視したが、数歩進んだところで体が動かなくなった。これもあんまり良くなかったんだろうなと、今になって思う。
とりあえず妻の運転するクルマに乗って、近くの病院に駆け込んだ。海の日のある3連休の初日だった。救急で診察してくれた医師は、レントゲンを見るなり、「これは完全にやっちゃっていますね。これは即入院で即手術です。一刻も早くすぐに手術やった方がいい。でも、連休なのでうちでは受け入れできないので、連休明けにまた来てください。」と言われた。
3日後の連休明けに行くと整形外科の医師が診察をしてくれた。「これはすごく腫れちゃっているねー。すぐ入院して手術しないといけないのにほっといちゃったから腫れたんですよ。ダメですよ・・・」医師は僕を叱ろうとして途中で黙り込んだ。連休中なので入院させてくれなかったのは自分の病院だと気がついたのだろう。
ここで教えてもらった豆知識だが、ボルトを入れてくっつけなければいけない骨折の場合は、すぐに手術が必要だ。なぜかというと骨折したら、当たり前だが、骨折した部分がどんどん腫れてくる。腫れると表面の皮膚がパンパンに膨れ上がって伸びてしまう。伸びた部分の皮膚をボルトを入れるために切開手術すると、最後に傷口をきれいに縫い合わせることが皮膚が伸びているのでできなくなる。
だから腫れちゃうまでにとっとと手術をするか、もう腫れている時は一旦腫れが引くまで待たないと切開手術ができないのだそうだ。腫れが引くまでには入院して安静にして患部を冷やしまくって2週間ぐらいかかる。しかもその間に折れた骨が離れた状態で放置されちゃうから、リハビリも時間がかかるのだそうだ。
「手術してリハビリすれば一応は治りますけど、完全に元の状態になるとは思わないでください」突然、医師に宣告された。
「もちろん日常生活には支障ないぐらいには回復はすると思いますが」と医師は続けた。
一瞬、頭が真っ白になった。これってあれじゃん。マンガとかで主人公の最大のライバルとかがよくなる運命じゃん。
お話の中のことだと思っていたのに、まさか、自分がそうなるなんて。
どうやら、いつかはプロのサッカー選手になって活躍したいという僕の子供の頃からの夢は、もちろん、もうほとんど可能性はないことは分かってはいたが、とうとう完全に諦める時が来たようだ。
さて、医師の説明によると普通に腫れが引くまで待つと2週間かかるんだけど、それを1週間に短縮できて、その後のリハビリも回復が早くなるというお勧めな方法があるという。そのためには今日すぐにでも、一回余分に手術が必要だという。
「切開できないんで代わりに骨に穴をあけて鉄の棒を立てて外側で固定するというやり方です」なんか恐ろしいことを言い始めた。より詳しく図解してくれようとしたけど、やりますけど想像したくないので説明しなくていいですと言って断った。
ちなみに結果がこの写真だ。ちなみにこの写真は手術1週間後のもので、それまで僕は自分の足がどうなっているか怖くて見ないようにしていた。

「これ、わりと新しい技術でベトナム戦争のときに使われて広まったんですよ」さすが合理的なアメリカン。ベトナムで骨折した負傷兵は、とりあえずこれで仮に固定しといて輸送して、本国でちゃんとした手術をしたんだそうだ。ベトナム戦争って新しいのか?とも思ったが、整形外科の世界の進歩ってそんなもんなのかもしれない。
次は麻酔医から説明があった。
「今回は全身麻酔は必要ないと思います。背中から麻酔薬を入れる方法にしようと思います」
「いや、全身麻酔の方が気が楽なんですけど」
「まあ、僕も自分だったら全身麻酔にしたいですね」麻酔医は笑ってくれただけだった。いや、だったらしてよ。
でも、結局、全身麻酔になった。やったぜ。
全身麻酔の手術は楽ちんで、麻酔されて意識を失い、目を覚ましていたときには終わっていた。手術後はリカバリールームで一晩を過ごしから、病室へ移動した。僕の右足は全く動かなくて感覚がなくなっていた。いや、関係ない左足も感覚がなかった。ベッドの上で、ずっと右足を固定していて動けない寝たきりの入院生活がそこから始まることになる。
長いので一旦ここで終わり。
本日のNHK党立花党首とのやりとりと立花氏へのメッセージ
本日の午前中に昨晩の立花党首からの公開質問状への回答動画へのコメントを投稿しました。
それに対して、立花党首はツイッター上で公開質問を投稿しました。
川上量生様へ公開質問させて頂きます。
— 立花孝志 NHK党 党首 (@tachibanat) 2022年8月13日
ガーシーの言動が、恐喝というなら、どうして民事や刑事の法的手続きを取らないのでしょうか?
私の質問はこれだけです。
直ちにご回答下さい。
NHK党立花党首の公開質問への回答へのコメントhttps://t.co/LwVH2VWwz3
それ以降かなりのやり取りがあったのですが、いろいろなスレッドに分割されて同時並行で議論が行われたため、私自身も何を議論しているかよく分からない状況になりました。
立花さんも同じ状況だったと推察します。
その後、立花さんが以下のような投稿をされ、直接に会って話すのでなければ、民事訴訟をすると宣言し、一方的にtwitterの議論を終了する宣言を行いました。
ドワンゴ川上さん 直接会って話しましょうよ! それが嫌なら私の方から民事裁判提訴させて頂きます。 https://t.co/FSe779yHnu @YouTubeより
— 立花孝志 NHK党 党首 (@tachibanat) 2022年8月13日
私としてもtwitter上での議論が明らかに混乱していましたので、きちんと立花さんと会話することは望み通りでしたが、議論をきちんと整理するために、会っての対面での会話ではなく、公開書面でのやり取りを提案しましたが、現在まで返答がありません。
立花さんはこれ以上の対話は望まず、法廷で会いましょうということですが、私と立花さんは別に罵倒しあっていたわけではなく、議論を行なっていただけですから、少なくとも民事訴訟をするというのであれば、まず、立花氏が私との議論において、どういう被害を受けていて、それに対して私に抗議をおこない私に反論の機会を与えてから、民事訴訟を提起するのが筋ではないでしょうか?
突然に議論を一方的に中断した上で、会って対談をしなければ、民事訴訟を行うと宣言するのでは、私と議論を続けることが、立花氏にとって都合が悪いので逃げようとしているようにしか思えません。
上記の民事訴訟宣言と同時に投稿されている動画によると立花氏が問題視しているのは2点です。
・ ガーシーが「違法行為」をしていると断定をし、その前提に立って発言をしている。
・ 立花氏の「後ろめたくなければ恐喝にならない」、という主張が「総会屋と変わらないものである」という私の評価に対して、「総会屋」というワードを使ったこと。
そして、民事裁判としては、債務不存在の訴訟を検討しているとのことです。私の発言の「違法行為」と「総会屋」というワードが問題だというのであれば債務不存在ではなく、名誉毀損ではないかと思います。なぜ、どういう理由で訴訟するのかが決まってないのでしょう?
まず民事訴訟をすることがありきで、どういう理由で訴訟ができるかを今から探すということであれば、まさに民事訴訟の目的は、私の言論封殺ではないでしょうか?
債務不存在で訴訟をするということですが、私は最初の公開質問状の最初の質問にあるように、立花党首にガーシーの行為についてNHK党首としての立場と見解をはっきりとお答えくださいと意見をしているに過ぎません。別にガーシーの行為によって私が受けた損害を立花さんに補填するように要求しているわけでもありませんし、立花さんにガーシーの行為に責任があるというのも私の意見であって、立花さんにそのことを強制するものではありません。私はむしろ立花さんが堂々と、自分とガーシーは一心同体であって、ガーシーのやってることは、一切悪いと思っていないし全力でサポートすると、例えば主張されるんだとしたら、なんて立派な返答だと思って引き下がるでしょう。
さて、私は実際のところ立花さんが、まさか言論封殺のために民事訴訟をされるとは思っていません。せっかく「違法行為」と「総会屋」というワードが問題だとご指摘いただきました。この二つのワードはちょうど私がNHK党と立花党首が行なっている行為に対して私が批判したい核心の部分であり、誹謗中傷を目的としていません。あらためて私がなぜ「違法行為」と「総会屋」というワードを用いたのかを説明します。私が求めるのは議論であり、反論です。もし、無視をするという選択をされるのであれば、それももちろん立花党首の自由です。
ガーシーの行動が恐喝にあたるかどうかを決めるのは刑事裁判だというのは、立花さんが言われるまでもなく当然でしょう。しかし、私は裁判官でも弁護士でもない一般市民ではありますが、私なりに具体的な根拠を示した上で、ガーシーの行なっていることは「恐喝」であり違法行為だと主張しています。私の発言が間違いであるなら、立花さんも具体的な根拠をもとにそうじゃないと主張されればいい話じゃないですか?私が間違っているのであれば、立花さんの言葉を借りれば、何も恐れる必要はないはずです。ガーシーの行動が違法行為かどうかを議論するのがそんなに嫌なのでしょうか?なぜ、堂々と、ガーシーの行動はこういう理由で違法行為ではないと主張されないのでしょうか?
ガーシーの行動が違法行為でない理由について、立花さんは明確に答えていません。昨日の公開質問状の回答動画では、ネタを懸賞金で募集したとしても、もし、川上、ドワンゴ、KADOKAWAに後ろめたいことがなければ何も起こらないのだから恐喝にならないという主張をされていました。本日の民事訴訟を宣言する動画では、弁護士からのメールをチラッと見せただけであり、そもそも弁護士にどういう質問をした上での回答なのかも分からず、私の主張とどこに相違点があるのか、明確には示されていません。
ガーシーの行動が違法行為と考えるかそうじゃないかは、私と立花氏との議論において根本部分の重要なところですから、ここに関してだけはきちんと文章で示されるべきではないでしょうか?
そうできないのあれば、ガーシーの行動が違法行為かどうかについて議論をすることが余程、立花さんにとって都合が悪いと考えるほかありません。
FC2髙橋さんも懸賞金を提示してネタを集めることは違法ではないというようなことを主張されていますが、懸賞金をつけてネタを集めること自体が問題と言っているわけではなく、1億円の賠償金免除を要求した後、交渉が決裂したことを理由にネタを集めて暴露すると公開の場において宣言したことをもって恐喝だと私は主張しています。
そのあたり立花さんの違法じゃないという主張は、ガーシーが和解しなかった報復の攻撃であることを明確に発言していることを故意に無視しているように思えます。
立花さんが考えるガーシーの行為が違法じゃないという、ちゃんとした理由を示していただけないでしょうか?
なお、立花氏は議論が平行線なんだから訴訟で決着をつけるべきだと再三主張しています。しかしながら立花氏はそもそも違法じゃないという根拠をちゃんと示していません。
そしてガーシーはドバイに逃亡しているわけですから、刑事裁判で決着をつける見通しは全く立っていません。裁判で恐喝と認定されない限り責任は取らないという立花氏の姿勢は、ガーシーが、もし本当に違法行為をやっていたのだとしたら、その被害を野放しにして、実質的に違法行為を幇助する行為ではないでしょうか?ですから、裁判以前にガーシーの行動が違法かどうかをきちんと議論することは必要であるし、意味のあることだと思います。
最後にNHK党で立花さんがガーシーを使って目指されていることと総会屋の類似性について指摘させてください。
立花さんはガーシーさんの暴露について、悪が暴かれることは正義であり良いことであると主張されているように思います。しかしながら、過去において総会屋も同じく悪を暴いてきました。しかし、金銭的要求などの言うことを聞く会社の悪は暴かずに、言うことを聞かない会社の悪を暴くと言うのが、総会屋のビジネスモデルです。そして実際に総会屋が悪を掴んでなくても、何かターゲットにされたら怖いと思って、多くの企業が総会屋と付き合って、お金を支払っていました。
何も後ろめたいことがなければ堂々としてたらいいじゃないですかという、立花党首の言い草は、まさにかっての総会屋も使っていただろう理屈ではないでしょうか?
総会屋は自分もターゲットになるかもしれないという恐怖で企業をコントロールしてきました。ガーシーさんの手法とも一致します。ガーシーさんがご自分の影響力で実質的な金銭的要求をしているという事実は、私以外にあるかどうかは知りませんが、現にガーシーはXXが自分の仲間になった、謝ってきたと言うことを吹聴しており、少なくともガーシーの影響力による恐怖に影響されていると思える人物はたくさんいます。
また、ガーシーはネタを出すことを、再三、予告して、相手に屈服を要求しています。悪を暴くのに散々予告をする理由はなんでしょうか?相手に暴露されたくなければなんらかの交渉をしてくるように圧力をかけているのではないでしょうか?まあ、実際に連絡してくるようにガーシーさんは毎回発言されていますよね?
おそらくサロンがオープンして最初の暴露は、言うことを聞かない人たちを中心とした見せしめのための暴露ではないでしょうか?おそらくは世の中へのアピールのために政治家も何名か狙うのかもしれません。その後は総会屋と同じ手法で影響力を拡大していき、ビジネスに変えていくのではないかと懸念しています。
少なくとも現在のガーシーの影響力がこのまま維持されるのであれば、そういったことは”可能”であると考えます。
立花氏のガーシーを擁護する発言やガーシーが違法であると裁判で確定しない限りは違法とは認めないという姿勢は、ガーシーが総会屋と似た権力を持つことを手助けしているように思えると言うのが私の意見です。
以上について、立花さんの見解をそれなりに回答いただけるのであれば、直接、お会いしての話し合いを受けようと思います。ただし、現在、私は入院中であり、退院後9月以降の日程となることをご了承ください。
あ、別に民事裁判が怖いわけではないので、直接、お会いしようがしまいが、勝手に訴訟やっていただいても構いません。並行でやればいいだけの話です。
以上
NHK党立花党首の公開質問への回答へのコメント
昨日の公開質問状に対して、早速、立花党首から動画にして回答がありましたので、その内容についてコメントします。
回答動画は約36分間ありますが、重複や繰り返し、また、質問とは関係ない内容も多いので重要なポイントを抜き出すと以下の4点だと思います。
・ 立花党首は、ガーシー(東谷議員)が違法な恐喝をしているという認識はない。(6:20〜)
・ 50万円から300万円の懸賞金をつけてネタを募集する(そして暴露すると宣言すること)については、もし、川上、ドワンゴ、KADOKAWAに後ろめたいことがなければ何も起こらないのだから恐喝にならないというのが立花党首個人としての見解。(8:28〜9:35)
・ 立花党首は国会議員であるガーシーの上司であり監督責任があることを認めた。(30:09〜)
・ もしガーシーが違法行為をしていたのなら、謝罪をするなり党首を辞任するなり責任を取る(30:15〜)
この4点を中心にコメントをします。
まず、公開質問状でも指摘させていただいたように、客観的に恐喝としか思えない行動を、FC2高橋氏と東谷議員は共同で行っています。これは事実として指摘させていただきました。
まず、東谷氏と高橋氏の行動はほとんどネット上の公開の場で行っています。唯一、第3者からわからない部分があるとすれば、私とガーシー、あるいは私と高橋氏との間でのやりとりでしょう。私とガーシーとのやりとりは既にガーシーさんがネットに公開されています。また、核心である私と高橋氏とのやりとりについては、昨日、高橋氏が公開した動画で、警察に逮捕されないようにしてほしいといったこと、賠償金1億円について取り下げてほしいと言ったことは事実であること。しかもそのような条件を提示した理由は、私がガーシーさんを恐れて和解したがってると誤解していたためであり、1億円ぐらいKADOKAWAにとって大した金額ではないと思ったからだということまで告白しています。
さて、高橋氏との和解交渉の決裂の後、和解しなかったので、ドワンゴとKADOKAWAを攻撃する。和解しなかったことを後悔させてやる。ドワンゴ、KADOKAWAのネタを最大300万円高橋氏がスポンサーになるので募集する、とガーシーが発言したのはネットの公開の場で行ったファクトです。もし疑問であれば、東谷議員に一言質問をすれば確認できるはずです。
どうみても明白な脅迫ではないでしょうか?
いうまでもありませんが、何か具体的な事実を暴露すると言って、金銭的な要求をするのは、具体的な事実が後ろめたいことであり真実であったとしても恐喝です。
そして具体的な事実が指定されてなくても、例えば「俺はお前の知られたくないことを知っている。暴露されたくないなら金をよこせ」というのも恐喝していることには変わりません。
立花党首の「後ろめたくないことがないのであれば恐喝ではない」という主張は、まったく、よく分からない詭弁でしかありません。これは昔、よく総会屋が主張していた理屈ですよね?後ろめたいことを暴くのは社会正義だのような主張も含めて立花党首は、ネットで活動する新しい総会屋のようなものを合法的なものとして国民に認めてもらいたいと主張されているように思えます。
さて、立花党首は回答動画において、自身のガーシーこと東谷議員への監督責任を認めました。また、恐喝が事実であれば、責任を取ることも明言されています。
しかしながら上記のように、客観的にも恐喝と十分に思える行動を東谷議員が行ったことは明白です。そして立花党首は自身で認められたように監督責任がある当事者であって、無関係の第3者ではありません。
もし、上記に示した事実にも関わらず、東谷議員が恐喝をおこなっていないというのであれば、そう考える根拠を示してください。もし、それが今回主張された後ろめたいことがないのでなければ恐喝にならないという珍解釈を維持されるのであれば、それでも結構です。改めて監督責任のある当事者として明言してください。
なお、回答動画の中では、まるで他人事のように、再三、民事訴訟をするべきだと主張していますが恐喝は犯罪であり、刑事事件でしょう。立花党首は監督責任も認め、もし、違法行為があれば責任を取ると明言された当事者です。明白な事実を突きつけられても、裁判をしろと開き直るのは無責任な態度であるとともに、東谷議員と一緒にNHK党として組織的に違法行為をやっているとも思われかねない行動ではないでしょうか?
いずれにせよ、私は立花さんに法律相談のつもりで公開質問状を送ったわけではありません。東谷議員の行いへの立花党首の責任を問うたものであることを改めてご理解ください。