実録:弥生さんの話
友達の家の近くにある公園に柵ができていたのです。かなり大きな柵なので公園の向こう半分が完全に覆われていました。
「なんか工事中なの?」
ぼくは友達に聞いたのです。
「ああ、公園の中にある建物なにかしってる?」
「小屋みたいなの?」
公園の中央には物置みたいな木造の小屋があります。
「あれ、古代遺跡なんだって。高床式の建物らしい」
そうだったんだ。
「その割には新しくない?」
「もちろん、復元してるんだけどね」
「じゃあ、発掘作業かなんかの工事やってんの?」
「いや、工事はやってなくて立ち入り禁止にしてるだけなんだよね。人が住んじゃったの」
おかしな話です。
「人が住んだってどういうこと」
「遺跡にひとがすんじゃったの。あの高床式の建物に」
ぼくは笑いました。
「なにそれ、つまり、浮浪者かなんかが住みついたってこと?」
「浮浪者・・・まあ、そういうことになるかな」
友達は考え込んでつけくわえました。
「でも、オレはそのひとのことを弥生さんと呼んでいたんだよね」
「なに、弥生さんって」
ぼくは可笑しくてしかたがありません。
「弥生時代っぽいから弥生さん」
「仲良かったの?」
「いや、話したことはなくて、勝手にそう名付けていただけ。でも、あいさつはしてたよ」
「あいさつしてたんだ」
「弥生さんはねえ、結構、あの遺跡の役に立っていたんだよ」
友達は少しむきになって弥生さんのことを説明しはじめました。
弥生さんは、毎朝、6時ぐらいから起きて、公園のまわりのそうじをはじめるのだそうです。だから、公園はいつもゴミがありませんでした。近所づきあいも良くて、いつも元気に通りかかる人とあいさつを交わしていたそうです。だから、このあたりでも人気は高かったはずだと友達は主張するのです。自分の住まいにしていた高床式の小屋もそれはそれは丁寧に使っていたそうです。
「なのに、きっと心ないひとがいたんだよ。だれかが通報したんだと思う」
「まあ、そりゃ、勝手に公園に住んでいたら、いつかは通報されるよね」
「区役所は弥生さんを追い出すんじゃなくて雇うべきだったんだよ。役に立っていたんだもん」
柵は工事のためじゃなく、弥生さんを追い出して遺跡に入れなくするためだったのです。
「それで弥生さんはどうなったの?」
「追い出されて一週間ぐらいは公園の残った半分にあるベンチにずっと座っていたんだよね」
自分が住んでいた高床式の小屋を眺めながら、弥生さんは一日中ベンチに座っていたんだそうです。
「もう、いなくなったの?」
「ここ2,3週間は見ないよね。きっと、どっかにいっちゃったんだよ」
「諦めて別の場所を見つけたのか。それともどこかに連れて行かれたのか」
ぼくは少し悲しくなってためいきをついたのです。
「面倒をみてくれる施設とかにいれられたのかな」
「いや、浮浪者の面倒みてくれるような施設はないでしょ」
「そんなのないのかあ」
「ないだろうね」
ぼくたちは弥生さんの身を案じましたが、しょうがありません。どうしようもありません。
Facebookの日記に書きなよと、ぼくは友達に薦めました。もちろん、そんなことをしてもなんにもならないことは分かっていましたが、せめて弥生さんのことをネットの片隅にでも記録として残そうと思ったのです。
それから1ヶ月立ちました。
今日、公園を見ると、もう、柵はとりのぞかれていました。弥生さんが帰ってくることはもうないと区役所が判断したのでしょうか。
友達はまだ日記を書いていません。
しょうがないのでぼくがこのエントリを書くことにしたのです。