飛翔体とピアピア超会議
ご注意:
この小説は「南極点のピアピア動画」をオリジナル作品とした二次創作です。本作品に登場する人物・団体はすべてオリジナル作品から着想を得たものであり、実在する名称と類似あるいは一致するものがあったとしてもまったくの偶然かつ無関係ですのでご了承ください。
◇ ◇ ◇
株式会社ピアンゴの山上会長は朝から不機嫌だった。
「なんで、朝から、こんなに予定がぎっしり詰まっているだ!森ユキくん」
そういって隣に座っている秘書の女性をきつく睨んだ。
「それはもちろん、会長が水曜日しか出社してくれないからです」
彼女はまったく動じずに即座に答えて、さらにつづけた。
「それと森ユキは宇宙戦艦ヤマトです。私の名はメーテル。森メーテルです。」
森メーテルは優秀な秘書だ。もう、かれこれ7,8年、彼女といっしょにIT業界の荒波を超える旅をしている。
「だいたいなんで俺はここに座っているんだ。そして俺の席にFooさんが座っているんだ」
山上会長は左斜め後ろの席を指さした。
「全部、会長の指示です。水曜日以外は毎日東小金井にアニメをつくりにいくから、ピアンゴの席は一般社員と同じでいいと、そう私にいいましたけど」
「確かに東小金井には毎日いっているが、アニメは別につくってないぞ。というか俺にアニメをつくる仕事ができるわけないじゃないか」
「じゃあ、毎日なにしてんですか。だったらピアンゴに帰ってきてください」
「いや、いろいろ勉強になるん・・・・」
Fooさんがいつのまにか会長の席の横に立っていて話を遮った。
「会長!。超会議の進行状況のチェックをお願いします」
超会議とは正式名称をピアピア超会議といって、ピアピア動画の全てを地上に再現する、とのコンセプトの下で幕張メッセで開催される巨大イベントだ。ピアンゴにとってはじめてのビッグイベントの開催は予想以上に大変で、気がついたらもう2週間を切っていて社内はてんやわんやの大変な騒ぎになっていた。
「これが超会議会場で夜におこなわれる別イベントのピアピア超パーティーの発表パートの進行表になります。発表内容についてこれでいいか見てください」
「この発表予定の一番最初にある”謝罪&土下座”ってなに?」
「はい、現段階ではわかりませんが、なにかきっと大変なトラブルが起こると見越して、あらかじめユーザに謝罪する時間を組み込んであります。今回、出演者が多いので予定外のハプニングがおこると時間内にイベントが終わらないのです。そこで、まず、発表は土下座からスタートしたいと思います」
「なるほど、超会議の準備は万端だな」
満足げにうなずく山上会長をまわりの社員はややうんざりした表情で眺めていた。それぞれで準備期間が1ヶ月ぐらいは欲しい大型イベントを同時に何十個も進めているのだ。スタッフの緊張と不安はピークに達しつづけたままあと2週間つづく。
ピアピア超会議はカオスなイベントだ。痛車の展示もコスプレもあれば同人誌即売もやっている。技術部の展示に格闘ゲームの大会もあればボーカロイドや歌い手、踊り手によるライブイベントもある。こういういわゆるサブカルチャー系のイベントはこれまでもあったが、同じ場所で同時にやるというのはこれまでになかったことだ。幕張メッセでおこなうイベントとしても8ホールも使った大規模なものは、他に東京ゲームショーやジャンプフェスタぐらいしかない。また、これまでイベントがあまり開かれることのなかった料理カテゴリからもユーザーの創作料理が食べられる巨大フードコートが設置されたり、例のアレなる、本当に展示していいものか分からないものまでコーナーが設けられている。政治、言論カテゴリからも、田原総一郎司会の大討論大会をはじめとして、錚々たるメンバーがさまざまな日本の社会や文化やネットの問題について議論することになっていた。さらにはネットを中心にいろいろな研究をしているひとたちがあつまった”学会”なるものも開催され、IT業界のエンジニアが集まってそれぞれの技術成果を競う大会なんかも開かれる。
それらの普通は絶対に交わらないものがすべてごちゃまぜになっていっしょくたになったのがピアピア超会議なのだ。
参加するひともアマチュアもいればプロもいる。ほりえもんの牢屋ブースもあれば、超一流アーティストもステージに立ったり売り子をやったりする。ピアピア動画が誕生した5年前と比べたら感慨深いものがあった。5年前のスタートしたばっかりのピアピア動画も商業作品やアマチュアの作品が混在となったサイトだったが、そのときの商業作品のほとんどは権利者に許可なくアップロードされたものだった。一時はピアピア動画から削除されて影の薄くなった商業作品は、なんだなんだの5年後のいま、こうやって公認されたり公式配信されたりして、また、ピアピア動画にだんだんともどってきているのだ。プロとアマチュアのクリエイターがいっしょになった世界でも珍しい不思議なプラットホームができつつあった。
「聖火ランナーの企画はやっぱり無理かなあ。聖火のかわりにピアピア動画の全ユーザの個人情報がはいったハードディスクを中野運営長が大事に大事に抱えながら原宿本社から幕張メッセまで走るという企画は相当面白いと思ったんだがなあ」
「いや、なんのためにユーザの個人情報を抱えて走るのか意味がまったくわかりませんし、そもそもいまさらそんな思いつきの企画をいわれても困ります」
「まあ、いいや。それは諦める。ところで在日米軍は結局は参加しないことになったんだっけ」
「はい、当初は参加する方向で調整をしていたんですが、北朝鮮のミサイル発射実験への対応でそれどころじゃなくなったと断りの連絡が・・・」
「北朝鮮か−。そりゃそうだろうね。あー、本物の戦車とか見たかったなあ」
山上会長はがっかりしてためいきをついた。北朝鮮問題は連日、新聞やテレビで報道されていて、結局、世界中の反対を押し切って、今日か明日にでも発射するんじゃないかという見込みが高まっていた。
「まあ、他にもイベントはたくさんあるし、しょうがない。前向きに考えよう。そういや、この前の木曜日にワールドビジネスサテライトで超会議がかなり紹介されていたねえ。なんか、ツイッターでインタビューに答える杉本君の目が死んでいたとか書かれていたけど、気をつけるように彼にいっといてよ。」
(だれのせいだよ・・・)その場にいた社員の脳内でコメントが右から左へ流れた。
「会長、海外事業部のジェームスからの第3四半期の報告が届いています」
森メーテルが報告書を読めとばかりにキーボードの上に置いた。山上会長はメールをめんどくさがってほとんど読まないから、重要なメールは森メーテルが印刷して渡すのだ。山上会長はめんどくさそうに報告書を読み始めたが、すぐにひざをたたいて喜びはじめた。
「なに、先月のホワイトハウスでのオバマ大統領の記者会見で、とうとう大統領に3メートルの距離までジェームスが近づいたそうじゃないか。まあ、演説台へ歩く途中でたまたまジェームスの近くを通り過ぎただけらしいが、それでもすごい。昨年末の記者発表の時は50メートルだったから17倍も近い。素晴らしい業績アップだ」
「会長は海外展開でなにを目指しているんですか?もっとお金が儲かる事業を考えてください」
「お金儲けかあ。お金儲けというと、そういや、志賀君がんばっているねえ。彼と高橋ハムちゃんぐらいだよね。ピアンゴでもうかる新しい企画を考えているの」
志賀はピアピア動画のメインプログラマのひとりで超会議で発表される次期バージョンZEROの目玉となる動画プレイヤーの責任者だった。彼は技術も優秀だがピアンゴのエンジニアには珍しく金儲けも好きでピアピア動画のユーザ広告は彼が企画を担当していたときに売上げが急増した。彼は最近、エンジニアとろくろ回しの関係に着目し、ピアンゴに新しくセラミック事業部を立ち上げ、効率的な陶器の生産に乗り出した。なかなか出来映えの評判も良く有望なビジネスになりそうだ。
そうやってのんきな話がピアンゴ本社で繰り広げられているとき、朝鮮半島上空の早期警戒衛星が異変を察知した。
監視対象の北朝鮮のミサイル基地から光を検出したのだ。
ミサイル発射だ。
ただちに北朝鮮のミサイル発射実験開始の報は世界に伝わった。ピアピア生放送でもその模様の中継が開始された。
北朝鮮からの飛翔体の軌道が計算される。発表されると悲鳴があがった。やはり大方の予想どおり、北朝鮮のロケットの精度は低く予定された着地地点から大幅にずれてしまっていた。飛翔体はまっすぐ関東平野へ、原宿の一角へと吸い込まれていったのだ。すべての迎撃は失敗した。
ピアンゴ本社では森メーテルが山上会長の机のキーボードの上に次の企画書を置いて説明をはじめていた。
「早川書房から野頭さんの新作SFが出版されるので解説を書いて欲しいと依頼が来ています。これが先方から来た企画書です。」
「野頭?頭Pさんか。へー、そういえば頭Pさんの本業はSF作家だったなあ。なんていうタイトルなの?」
自分で森メーテルに質問しながら、ああ、この目の前の企画書を読めばいいのかと気づいて手に取った瞬間・・・爆発音とともにピアンゴ本社ビルが揺れた。
「なにごとだ?」
なにかが燃えはじめた、そんな不吉な臭いがフロアに漂った。
山上はすぐにネットにアクセスして、twitterで情報を検索した。すぐにたくさんのツイートが見つかり、状況を理解した。
@takeori やばいwピア生見てたら、飛翔体が着弾したの、どうやらうちのビルwwwなんか焦げてる臭いがするw
モニタから目を離して、前方を見ると5メートル先の机でtakeoriが楽しそうにネットサーフィンをしていた。
森メーテルが報告する。
「下のフロアに北朝鮮からのミサイルが命中したようです。爆弾はついてなかったようですが、衝撃でダンボールハウス地帯が燃え始めました。」
「ダンボールハウス?もう何年も前になくなったはずじゃ・・・」
ダンボールハウスとは家に帰るのが嫌な社員が会社に快適に寝泊まりできるように勝手に会社の空いているスペースに立てた簡易宿泊施設である。結構、あったかくて居心地よかったらしいが、だんだん数が増えてきて、消防法とかいろいろな問題があってピアンゴが上場するときの審査で問題となり、もう何年も前に完全に撤去されたはずだった。
「そうなんですが、超会議と新バージョンZEROの準備で徹夜する社員が増えてきて、また、勝手に一部の社員が建設しはじめたんです。すでに下のフロアの3分の2はダンボールの家で埋まっていて完全にスラム街と化しています。そこにミサイルの衝撃で火がついてしまって・・・」
状況は深刻だった。なにしろダンボールだから、あっというまに火は燃え広がり、どうしようもなかった。
「やばいなサーバールームが近い」
ピアピア動画は費用をけちって自社のオフィスの中に自作PCでサーバーラックを置いていた。ここが燃えるとピアピア動画の全サービスが停止する。
4時間後、心配は現実のものとなった。
5年間の歴史をもつピアピア動画は完全に沈黙した。すべておしまいだった。ネットには悲痛なユーザの声が溢れ、2ちゃんねるのピアピアスレは1時間で1000スレを超える記録を叩き出した後、2ちゃんねる全体が落ちてしまった。その他も、押し寄せるピアンゴ避難民による巻き添えでサービスを停止するサイトが続出した。
「うーん。どうしようもないな。もはや超会議どころじゃない」
山上会長はため息をついた。いったいどれぐらい復旧に時間がかかるのか、目処はまったくたたなかった。
と、そのとき・・・。
「わたしがサーバーを提供しましょうか」「わたしがサーバーを提供しましょうか」「わたしがサーバーを提供しましょうか」「わたしが・・・・」
部屋のあちこちから同時に声がした。
それは、部屋の中に何十体もいて、これまでずっと黙っていた、あーやだった。
なにしろあーやは全世界に2億体以上もあって、とくに日本はその密度が高い。なかでも最初の繁殖地点だったピアンゴ本社のなかだと、もはや社員の数よりもあーやの数のほうが多く、すっかり風景となって存在を忘れていたのだ。
それがいっせいに喋りだしたのだから、やかましくてしょうがない。
「すみません。あーやさん、喋るのはひとりにしてくれませんか?」
「わかりました。わたしが代表して話します」
山上のリクエストに、一番近くにいたあーやさんが答えた。
「あーやさんがサーバーを提供してくれるというのはどういうことですか?」
「はい。わたしの身体は地球人からすると超超高性能コンピュータとしての機能ももっています。そして、いまの地球上にあるコンピュータであれば、どれでもわたしの身体の中でエミュレーションすることが可能です。いまある2億体のうちも必要なだけ、ピアピア動画のサーバとして使ってもらってかまいませんが、どうでしょうか?」
「それはすばらしい。あーやさんがクラウドサービスになるのか!」
「はい。ただし、問題がひとつあります。GPLです。」
「ええ、そうです。ピアピア動画のサーバはLINUXと呼ばれるソフトを中心として構築しているようですが、LINUXは地球人がGPLと呼ぶライセンスで提供されています。GPLはソフトウェアの配布と同時にソースコードも公開することを義務づけていますが、わたしの身体をベースマシンにしたLINUXを開発した場合にそのソースコードも公開する必要があります。そのためにはわたしの身体の内部アーキテクチャーの情報を公開しなければなりません。」
「なるほど、地球文明にはそんなことはできないというわけか」
「はい、そうです。星間文明のルールにより禁じられています」
「じゃあ、でもどうすれば?」
「わたしの身体へ、みなさんからのハッキングを許可します。みなさん自身でLINUXがうごく環境の仮想マシンプログラムをつくってください」
あーやさんが自分でそういうのをつくればなんの問題もないんじゃないかと山上は思ったが口には出さなかった。ひょっとするとあーやさんは星間文明のルールをちょっとだけ踏み外そうとしているのかもしれないという考えがちらっと浮かんだからだ。
「しかし、それでも地球人が知ってはいけない情報にアクセスすることになりますけど、それは問題ないんですか?」
CTOの万野が余計なことをあーやさんに尋ねた。
「はい、それはやはり地球人は知ってはいけない情報ですので、作業が終了後にそのかたの生命活動は停止させていただくことになります」
「…。それは死ぬということですか?」
「そういう表現も可能です」
「…。そんなの部下にさせられない…。」
万野は呻いた。「ぼくがやります」
そのとき社内会議をSKYPE中継で自宅からみていたある社員がtwitterにこう書き込んだ。
@koizuka 昔の万野さんだったらできるかなあ。今はどうだろう。最近はコード書いてないはずだからなあ。
数秒後、
@koizuka あ、あーやさんにログインできた。ちょっと、やってみるか。
「上司のみなさん、ちょっといいですか」
山上や万野たちがうるさそうにふりむくと、すまなそうな顔のtakeoriがいた。
「こいづかさんがあーやさんへのハッキングを開始したみたいです」
こいづかはピアピア動画の最初のバージョンをひとりでたった3日間で開発した伝説的なエンジニアだ。ただし、そのまま伝説になってしまい自分がつくったサービスのヘビーユーザーとして5年間活躍し続けて、エンジニアとしての仕事はほとんどしてない。ピアピア動画のサービスが停止してしまって、ようやくヒマになってやる気を出したらしい。
「こいちゃん、いますぐ作業を中止しろ。死んでしまうぞ」
万野が叫んだ。
@koizuka いまさら、もう、遅いんじゃないかな。APIも半分ぐらいは使い方わかったし。
沈痛な表情で見守っていた山上が口を開いた。
「こいづかくん。ほんとうにすまない。残業代は出す」
こいづかの作業は一週間続いた。何人かのピアンゴの社員が手伝おうと、あーやさんとそしてこいづかの自宅サーバにアクセスを試みたが、すでに強力なセキュリティが敷かれていてアクセスできなかった。こいづかはひとりですべてやるつもりだった。
「こいづかさんの本気のファイアーウォールはぼくらじゃ突破するのは無理ですよ」
若手の腕利きのエンジニアの報告に万野は諦めるしかなかった。
一週間後・・・
@koizuka できたかな。ピアピア動画(あーや)。
彼のツイートは1分間で1万以上もRTされ、1時間後は10万RTを超えた。それが彼の最後のツイートだった。
こいづかの同僚が自宅を見に行ったら、部屋の扉に鍵はかかっておらずPCのキーボードの上に寝オチしたかのように倒れ込んでいるこいづかが発見された。
その日、ピアンゴ本社で緊急会議が開かれた。
会議室にはいっていく社員はつぎつぎと驚いて声をあげた。部屋の中にこいづかそっくりの、いや、こいづかくんそのものの人型のなにかが10体ほどいるのに気づいたからだ。
「いや、最初は普通にあーやさんのうえに適当な仮想マシンをつくればいいのかなと思っていたんだけど、そのあとのメンテナンスとかもろもろ考えると、ぼく自身をあーやさんに移植したほうがはやい、ということに気づいた」
一体のこいづかくんが説明する。
「本当に全部移植していますね。肉体とかも完全に再現されてますけど。いや、人間にしかみえないです」
みんながこいづかくんを隅々まで観察して感嘆の声をあげる。
「時間があれば、ぼくの人格部分だけを再現して移植するとかいうこともできたけど、今回は時間がなかったのでぼくの身体をそのままあーやさん上に再現することにしたんだよね。」
こいづかくんがすまなそうにいった。
「なるほど、それはわかったような気もしなくもないんだけど、じゃあLINUXはどこで動いているの?」
万野が質問する。
「ぼくが頭の中でLINUXの動きを想像しながら動かしている。ハンドアセンブルみたいなかんじ?」
「こいちゃん、ちょっと待って。それって人間であるこいちゃんの脳の想像の中でコードを解釈して実行して、LINUXのサブシステムを動かしているってこと?」
「まあ、そんなイメージになるかな。当然、人間がやると遅くて現実的じゃないけど、あーやさんの性能はとても高いから、そういうやりかたでも実用的な速度が出る」
「なるほどこいちゃんが頭の中でLINUXを実行しているぶんには、GPLどうこういう問題も関係なさそうだよね。脳の中のソースコードなんてだせやしない。しかし、いくらあーやさんが高性能だといっても、そんなのでよく速度がでるよね。」
「本当は時間がかかる部分だけ、あーやさんのシステムのネイティブコードに変換して動かしている。たとえば、C++とかは得意だから、インタプリタ的に頭の中で想像で実行しても十分に速いけど、PHPとかJavaScriptとかは仕様もいろいろあって完全に把握してないから確認しながら実行するのは時間がかかりすぎる。だから、ネイティブコードにコンパイルしたようなかんじで動かしている。そうじゃないとちょっとさすがにあーやさんでも速度がでない」
「うーん。C++はインタプリタで実行して、スクリプト言語はコンパイルしてんのか」
「まあ、全部バイナリで実行したら同じなんだけどね。さすがにメンテナンス性が悪いから」
「で、結局サーバーとしては10体あれば、十分、ピアピア動画は復活できると」
「そういうことになるかな」
こいづかくんはたんたんと質問に答え続けた。
「そうか、しかし、結果的にサーバー兼量産型こいづかくんが10体手に入ったわけか。どうせなら1000体ぐらいつくろうよ。エンジニア足らないし」
山上の提案にあーやはぴしゃりと返答した。
「必要以上は駄目です」
かくしてピアピア動画は運営を再開した。
そして超会議の前日の大阪・・・。
大阪駅のプラットホームに先頭車両の前面に超会議号というプレートをつけた青い電車が停まっていた。超会議に向けて大阪から東京まで一晩だけ復活して走る寝台特急ブルートレインだ。向谷倶楽部が超会議のためにJRにかけあって実現した企画だ。
ブルートレインの前には20人ほどの一団が集まっていた。山上会長やひろゆき、そしてこいづかくんが10体などなどの運営ご一行である。
「超会議の前日にみんなブルートレインなんかのっていていいんですか?」
ひろゆきが山上をからかった。
「まあ、ぼくは別に仕事ないからねえ。ひろゆきもなんもしないし、こいづかくんはクラウドサーバだから、どこにいてもいい」
「こいづかさんがクラウドだからどこにいてもいいというのは、いまいちぼくにはよく理屈がわからないんですけど」
ひろゆきが疑問を口にした。
「クラウドはネットの向こうの雲みたいなもんだから、どこにいてもいいし、どこからでもアクセスできるんだよ」
「いや、どこにいてもいいというのはわかるんですが、じゃあ、いま、こいづかさんはどこからインターネットに繋がっているんですか?」
「クラウドはそういうもんなんだよ。魔法の言葉で、なんでもできるんだよ」
めんどくさそうに山上はひろゆきとの議論を打ち切ろうとした。
「じゃあ、クラウドはいいとして、よく直前にブルートレインの席とれましたね。すぐ完売するんじゃなかったんですか?」
「いや、ほっとくと鉄オタに買い占められてピア厨が買えないんじゃないかと心配して、一般の露出をまったくしなかったら、ちょっと売れ残っちゃったんだよね。20席ほど。あと、2週間あるから、興味ある人は買いにいったほうがいいんじゃないかな?」
「だれに向かって話しているんですか?それと今日は超会議の2週間前じゃなくて前日という”設定”ですから、いまから買いに行っても遅いですよ」
ひろゆきが突っ込んだ。
発車ベルが鳴り一行は列車に乗り込む。ゆっくりとブルートレイン超会議号が東京へ超会議会場へ向かって出発した。到着は明日の朝になる。上野着の夜行列車降りたときから、超会議の会場まではもうすぐだ。
「あーやさん、ピアピア動画のサーバを提供してくれて本当にたすかっているんですが、星間文明のきまりで営利目的のことには協力できないんじゃなかったでしたっけ?」
ひろゆきが近くにいたあーやさんに聞いた。
「ピアンゴの事業内容、お金の使い方などの情報を分析したところ、ピアンゴは営利団体とはみなされません」
「あー、やっぱり異星人の目から冷静に見ると、ピアンゴは営利企業じゃないんですね」
「ひどいなあ。ほかにもそういう企業があるんですか?あーやさん」
山上会長が口をはさんだ。
「そうですね。東証一部に上場している企業だと、東京電力なんかも営利団体とは思えないですね」
「あ、異星人からみるとピアンゴと東電はおなじだと」
ひろゆきが大笑いをした。
遠くの方からピアピア動画で流行っている曲の歌声が聞こえてきた。隣の車両でピア厨たちが合唱しはじめたらしい。
Smiling together Will be together
こんなご時世だからこそ笑って未来へと歩こう
Smiling together
一秒毎に世界のどこかで
人が死に逝き 人が産まれ行く
一輪花が枯れるよりも速く
人は渇いて 人を求めてる
Smilingだ。ピア動を代表するコラボ曲だ。
「会長、そういえば野頭さんの新しいSF小説の解説の仕事ですが、受けられますか?」
森メーテルが山上に尋ねた。
「あー、あれ、なんてタイトルだっけ?」
「北極点のニコニコ動画です」
「なにそれ、ニコニコ動画っていうのはピアピア動画をモデルにしたの?」
「そうみたいですね。だから、会長にぜひ解説をお願いしたいと」
山上は思った。ニコニコ動画か。頭Pらしいネーミングだ。きっと、もっとピアピア動画をニコニコさせてほしいという願いも込めているのだろう。意外と悪くない名前かも知れない。
Smilingの曲がサビにちかづいた。
耳を澄ませなくても
みんな気づいてるでしょ
見せかけ平和の中
熱い痛いよの声
そう。もうすぐあのフレーズだ。
国も色も血も超え
一つになるとしたら
きっとそれはこの場所・・・
遠くのみんながその場所の名を叫んだ。
山上もひろゆきも10体のこいづかくんも、声にはださなくても、おもわず口だけ動かしてその名前をつぶやいた。
みんなの頭の中を、そのサイトの名前の弾幕がよぎった。
4年ぶりのブルートレインは暗くなった北陸の線路をひた走る。歌声はきっと夜遅くまで続くのだろう。
そんな悲しい顔は似合わないよ一緒に歌おう
Smiling together Will be together
(了)